はじめのこと

 ボクとナギサのジムリーダー、デンジさんとの間には、人にはちょっと言えない関係がある。
 まずはじめに断っておくけど、恋人じゃない。これだけは自信を持って言える。
 だってお互いに恋愛感情とか、ちょっと見当たらないのだ。彼とのポケモンバトルとセックス、どっちが好きかと聞かれると、どう考えても断然前者だ。
 それに女の子とデンジさん、付き合うならどっちと聞かれたとして(そんなことはありえないけど)、ボクはどう考えても女の子を選ぶ。
 なのになんでこう抜き差しならぬ関係になっちゃったかというと、とどのつまり、オーバさんが悪い。

 ボクだって男なので、それなりにたまるし、それなりに処理をしなければならない。何と言っても若いし。
 バトルとバトルに明け暮れていたせいで、恋人とかつくる気持ちにもいまいちならなかったボクは、だからまあ、主に右手のお世話になっていた。
 左手は何を触っているか、は、その時々で違う。やらしい本だったりビデオだったりサイトだったり、まあ、それなりに、することはしているから。
 その昔ただでもらった別荘は、いつジュンやお母さんが入ってくるかとひやひやしなきゃいけない実家と違って、そういうのの処理には向いていた。プライバシーは鍵をきちんとかけてさえいれば守られる。
 と、油断していたボクがまあ、ばかだったんだろう。
 その夜、いつものようにベッドの上で、ティッシュもきちんとスタンバイで、ボクはそういうことに及んでいたわけだ。
 ああいうことしてるときって、ボクは妙に感覚が鋭くなる。だから、まあ、玄関の辺りに誰かいるな、というのが、なんとなくわかった。
 でも鍵がかけてあるしいいだろ、声さえ出さなかったら、と、楽観的にボクは行為を続けていた。そしたら。
 がちゃり、と、鍵の落ちる音がして。
「コウキ、いないのか」
 あろうことかあのひと、はいってきた。のだ。
 ボクが制止する間もなく、デンジさんはぱちりと電気をつけた。そして、ベッドの上のボクと、目があった。ばたん、と、デンジさんの後ろでドアが閉まる。
 とっても気まずい時間だった。ボクは辛うじて局部はシーツで隠してたけど、でも、何をしてたか、ってのは、その時点でたぶんモロバレだっただろう。
 だってボクの近くには、使用中のエロ本が大開で置いてあったし、周りの状況も、結構いろいろ揃ってたから。
 デンジさんは、あー、と変な声を上げて、それから紳士的にボクから視線を逸らした。
「…悪い」
「いえ…」
 ボクは顔から耳まで熱くなるのを感じて俯いた。とりあえずびっくりしてちょっと萎えたことにほっとした。
「すみませんが、今取り込み中なので、また今度にしてもらえませんか」
 デンジさんはああ、と頷きかけ、そして、しばらくボクの顔を見つめた。かと思ったら、突然、まるでバトル中に罠を仕掛けるときみたいな顔で、にやっと笑った。
 彼の顔から発されるイケメンビームは、同性の僕には効かない。が、その笑みを見て、彼がなんだかよくないことを考え付いたことはわかったので、背筋に冷たいものが走った。
 デンジさんは玄関に鍵をかけると(え?)、くるりと踵を返して、つかつかとボクの座り込んでいるベッドに大股に近づき(ええ?)、下半身を覆っていたシーツを捲った(えええ!??)。
「な、なにするんですか!」
 ボクは慌てて股間を隠そうとしたが、その手の上にデンジさんの、少し乾いた大きな手が伸びた。
 デンジさんは、文句を言おうとしたボクの顔を正面から覗き込むと、あの性格悪そうな顔でにっと笑った。青い色の目が、酷薄そうにひかる。
「他のやつにここ、触られたことある?」
 その先のことは思い出すまい。

 デンジさんがその日何をしに来ていたかといえば、オーバさんに呼び出されてボクの別荘で待ち合わせをしていたらしかった。
 鍵は勝手に作ったらしい。何て迷惑な。実際にそう口に出して苦情を申し立てても、デンジさんはどこ吹く風だったけど。
 その後もたまにそういう事故は起き、その度にボクは彼に弄ばれ、そういう流れで最後までいたしてしまったのは一月くらい前になる。  デンジさんはもてるらしいけど、さすがに年下の男に手を出すことになるとは思っていなかった、とからからと笑った。笑い事じゃない、とボクは思う。
 なってしまったものはしかたないし、なるようにしかならない。わかってはいても溜息が出る。
 目下のところ、ボクの悩みは、そういう風にボクを弄んでるとわかりきってる男性を、何故か拒む気にならない、ということだった。