2556日目

 念の為にかけていた鍵を開ける。金属製の引き戸は立て付けが悪く、こじ開けられることへの抵抗にがたがたと不平を鳴らした。
「こんなところにすんでいるのか」
 頭の上から、感心したような声が降ってきて、なんだか微妙な気持ちになる。この七年でトウヤの身長は伸びたが、ひょろ長いNにはまだ及んでいなかった。
 日中はほぼ店にいて、この居住用のスペースはほとんど寝に帰るだけの場所になっていた。元よりシャワールームは下で、簡単なキッチンは店舗のバックヤードにもあることもあり、階段を登るのを面倒くさがってこちらに帰らない日もある。
 それでもこの部屋が殺風景とまでは至らないのは、あちらこちらに重ねられた雑誌と、時折プレゼントとして押し付けられるぬいぐるみや、今は完全にインテリアのオブジェと化したミュージカル用のアクセサリーのおかげだった。窓辺に立てかけてあるエレキギターなどは、最初はアクセサリーとしてもらい、一時期遊びで少しだけ練習してみたが、ジャローダがあんまり好きではなさそうだったのですぐにやめてしまったため、こうしてただのインテリアと化しているという代物だ。
 それでも一応人並みに存在する二人がけのテーブルセットの片方にNを座らせ、自分はキッチンに立った。
 ここに誰かを招くのは滅多にないことだ。大抵は下の育て屋の応接間で事足りるし、稀に幼馴染のチェレンやベル、他の仲のいい友人が訪れてきたときにも、泊めるのでなければあまりここまでは通らない。
 そんな場所に、今、七年前に別れたっきり消息不明だった、友人ともいえない男を招いている。
 奇妙な感慨を覚えながら、それでもせめて飲み物くらいは出してやるべきか、という義務感から、彼は尋ねた。
「お茶かコーヒー、どっちがいい? …あ、待った、コーヒー切れてる」
「お構いなく」
 その一言がさらりとNの口から出てきたことにびっくりしすぎて、トウヤの手が一瞬止まる。けれどそれをわざわざ口にするのも憚られた。
 トウヤは何事もなかったふりを装い、薬缶を火にかけて、随分前に買ったきりの茶葉の缶とスプーンを、それぞれ引き出しから取り出した。
 砂糖は買ってきたが最後、巧妙に隠しておかなければ仲間達に食べられてしまう。最近はそれが面倒くさいので、そもそも買い置かない。
 使わなければ、どんどん使わないようになる。
「ミルクしかないけどいいな」
 疑問系ではない断りに、Nはちょっと苦笑したらしかった。
「別に気にしなくていいよ」
 茶請けになるようなものもこちらには置いていないので、手持ち無沙汰になったトウヤは、覚悟を決めてNの正面の椅子に座ることにした。
 Nはテーブルの上で手を組んだまま、椅子を引き、腰掛けるトウヤを見つめている。その視線に居心地の悪さを感じ、トウヤはNから窓の外へと顔ごと視線を逸らした。
 やっぱり今日は天気がいい。秋晴れの空は高く青く澄んでいる。
「それで、一体今更何の用なんだよ。七年間もとんずらしてくれた挙句、探さなくなった途端に来るとかお前、何考えてるの」
 喧嘩腰に、自分を見ないまま告げられる言葉に、Nはただ淡々と返した。
「トウヤは随分口が悪くなったね」
「…お前の話したいことってそれ?」
 トウヤは顔の向きは変えずに、視線だけでぎろり、とNを睨みつける。Nは室内だというのに帽子も取らず、そのあわい緑の瞳に、そんなトウヤを映していた。
「きみは怒っているんだな」
 その発言に、トウヤは虚を衝かれたように一瞬目を丸くした。それから、これ見よがしに、大きく溜息をついて、テーブルの上に崩れ落ちる。
「…七年だぞ七年」
「うん」
「さんざん思わせぶりなこといろいろしといて、ぼくにお前を覚えさせておいて」
「うん」
「その挙句にサヨナラの一言でどっか行って、さんざん迷った挙句に人がせっかく勇気出して探し回ったら逃げ回って」
「うん」
「もうこっちが探し疲れて、やめた途端に出てくるって何なのお前…」
「だってきみがボクを探すのやめたりするから」
 その一言に、トウヤは手当たり次第のものを投げつけてやりたい気持ちになったが、あいにく、彼の周りには、投げても良さそうな適当な獲物が見当たらなかった。しかたなく、机の上にはりついたまま、きつい視線だけ投げてやると、なんだか嬉しそうなNと目があってさらに気力が削がれた。
「…やっぱりわざとやってたんだな?」
「きみも、わざとボクのことをわからない振りしたんだね」
「いやあれは素」
 そう言ってやると、Nはちょっとがっくりしたようだった。相変わらず、彼の予想を一部裏切ることに関しては、トウヤは十年前から変わらない。
「忘れられるのが嫌なら、六年も逃げなけりゃよかったんだ。ぼくはここ二三年は、ほとんどずっとここにいたんだから」
 机の上に腕を組んで突っ伏し、トウヤはそう言った。少しくぐもったその声が、Nに上手に伝わるかどうかは、気にしないことにして。
「ああ、知ってた」
 やっぱりな。口にはしないで、トウヤはぎゅっと目を閉じた。目頭が妙に熱かった。
 よりによってこんなやつに初恋なんかしてしまったぼくの馬鹿、と、この七年に何度も繰り返した罵倒の台詞を、頭の中で繰り返す。
 しばらくの間、二人が共に押し黙る。遠くから、ポケモンたちの鳴き声が聞こえた。
 やがてトウヤは、彼を探し始めての六年間、ずっと尋ねたかったことを、そしてずっと尋ねられなかったことを、口にした。
「…やっぱり、探されたの、迷惑だったか?」
 Nは黙っていた。その沈黙が長引くにつれ、トウヤはどんどん不安になる。
 肯定するならさっさと肯定して欲しい。そうじゃないなら、そう言って欲しい。けれどNが答える気配はない。
 トウヤが耐え切れなくなって、さっきの無し、といいかけたところで、Nはしずかな声で言った。
「わからない」
「…何だよそれ」
 トウヤが顔を上げると、Nはなんともいえない表情をして、トウヤを見ていた。
「最初はどうして追ってくるのかわからなかった。きみの意図がつかめなくて、様子見のつもりでいた」
 トウヤは頷いて、先を促した。Nが視線を彷徨わせる。
「ボクはトモダチに頼んで、きみの動向をずっと探ってもらってた。…そしたらある日、きみが倒れた」
 え、と、トウヤは小さく声を上げた。思い当たるのは四年前。その時のことは、彼もよく覚えていた。
 それまでの無理が祟って、彼は一度、酷い熱を出した。一週間は起き上がれなかった。
 親や幼馴染には随分と心配をかけたので、ベッドの上でこってりとしぼられたものだ。
 Nは視線の落ち着く先として、結局、ひとつの窓を選んだ。敷地内を見回せる、大きな窓だ。
「ボクは一度きみの様子を見に行った。それでそのとき、初めてきみの目的を知った」
「へ?」
「きみはボクを呼んで、ボクを好きだと言った。…そして、ボクはそれを、理解できなかった」
 今度こそ、トウヤは、言葉も発せないほどの衝撃を受けた。それからその次に湧き上がってきたのは、沸々とした怒り、だった。
「…ちょっと待て、N」
「うん」
「そういうのもわからないでお前、ぼくに…手を出したわけ?」
 トウヤは身体を起こして、キッとNを睨みつけた。Nは、トウヤの顔を見て、はっきりと頷いた。
「そういうののやりかたは、トモダチが何となく教えてくれてたから」
「そうっいう問題じゃない!」
 全力で叫んで、それから、トウヤは両手で顔を覆った。今、まともにNの顔を見ていられる気がしなかった。
「きみに興味があると示すのには、あれがいいと思ったから、だったんだが」
「違う。他に何かいろいろあるだろう、ばか」
「うん。今はちゃんとわかっている」
 Nの手が自分の髪をなでようとしたのを、トウヤは乱暴に振り払った。ぱしん、と軽い音が鳴る。
「やっぱりお前なんかほっとけばよかった」
「本当にね」
 あっさりと当の本人に肯定されて、トウヤは虚しい気分に襲われた。ガクッと身体から力が抜ける。
 自分のこの七年間って一体なんだったんだろう、という思いが、胸の中を重苦しく支配した。
「きみは馬鹿だよ。ボクなんかに構っていないで、あの幼馴染の女の子とか、他のところに目を向ければよかったのに」
 追い討ちをかけるように、Nはそう言った。ガタン、と椅子が動く音がして、彼が立ち上がったのだとわかった。
 やっぱり迷惑だったんだ、とトウヤは思った。それをわざわざNは言いに来たのだろう、と。
 顔を覆う手のひらの上に、雫が落ちる。肩が震えた。泣いているのだと悟られたくはなかったが、聡いNには、それさえもわかりきったことだったに違いない。
 これ以上疎まれたくはなくて、しかし、口を開けば、何を言い出すかわからない。
「泣いている?」
「…黙ればかどっかいけ」
 Nの落ち着いた物言いにイラっとして、トウヤは口早にそう言い放った。声が震えたのは仕方ない。
 Nはテーブルを回って、トウヤの隣に佇む。彼が身体をかがめたせいで、その呼気までが身体に触れる。
「ボクがどこかに行っても、きみは泣くんだろう」
 耳元に囁かれた、呆れたようなその言葉に、今度こそトウヤはキレた。
「お前になんか、会いたくなかった!」
 顔を覆っていた手を外し、Nを睨みつけながら、トウヤは叫ぶ。対して、その矛先を向けられたNは、ほとんど感情の揺れを見せない。
 そのことにさらに苛立って、トウヤは続けた。
「会う気だってずっとなかった! 顔を見せるつもりもなかった! なのに、何でこんな思いしなきゃならない! どうしてお前なんかに惹かれちゃったのかもわからない、ぼくはただ、N、が、」
 彼は緩く頭を振って、俯いた。最初の熱が収まれば、あとはもう、虚しいだけだ。
「どうしているか…幸せでいるか、知りたかっただけだ…」
 トウヤは唇を噛み締めた。これ以上、自分の中の何かを、Nに伝えることはしたくなかった。どうにか呼吸を落ち着かせて、それでもこれだけは言わなくては、と口を開く。
「…心配しなくても、もう探さない。探す理由も、もうない」
「トウヤ」
「帰ってくれ。…もう、お願いだから」
 これ以上ぼくを揺らすな、と、小さく呟くと、Nはわかった、と言った。
 トウヤがほっとした瞬間、彼は続けた。
「きみの言いたいことはわかった。それじゃ、ボクの言い分を聞いてくれるか」
 殴ってやりたくなった。

 トウヤの生活は規則正しい。
 五時に起床して、ポケモンたちのいる庭園の掃除をはじめる。その間に、元気にじゃれ付いてくるヨーテリーや、足元をいきなり横断してはころころ笑うチョロネコを上手にかわし、柵の向こうのアイアントを狙うクイタランの気を別の餌で引き、暴れたがるヨーギラスをジャローダにしつけてもらう。 二時間かけてそれを終えたら、次は朝食だ。食事という名の戦争に負けがちな気の弱いポケモンたちを適度にフォローしながら、他所の餌まで取らないように、と叱るのも、そろそろ慣れたものだった。
 それが終わったら、今度は自分自身の朝食。ここまで来るのに、やっぱり一時間はかかった。
 店に帰る道すがら、何故かいい匂いがした。後ろについてくるジャローダがすごく機嫌が悪いのはもうどうしようもない、と、トウヤは諦めている。
「お帰り」
 扉を開けると、エプロンをかけたNが、にこにこ笑ってトウヤを待っていた。シュールすぎていっそ悪夢だ。
「…ただいま」
 あの日以来たまに、Nはトウヤの育て屋に襲撃しにくる。訪ねてくる、という可愛らしい表現を使ってやる気になれないのは、もうどうしようもない。
 どうしようもないものだ、とあきらめたことが、ここ最近で随分と増えた。
 Nは料理上手とはとてもいえない。というか料理してるところ自体見たことがない。いい匂いの正体は、作り置きの煮物だった。作ったのはもちろんトウヤだ。
 Nのかけたエプロンも料理用ではなく、育て屋での雑務用のもの。それだって無論彼のものではなく、トウヤのものを事後承諾で持ち出している。
「来るなら来る前に来るって言え」
「急に来たくなったから。それに、トモダチってそういうものなんだろう?」
 どこで仕入れた知識なんだそれは、とトウヤは頭を抱えた。
「お前とそこまで仲良くなった覚えはないんだけど」
 じろりと睨めど、相手はどこ吹く風。
「トウヤはボクには素直じゃないから、素直なときの言葉しか聞かないことにしたよ」
「…お前がぼくの話を聞いてくれたことがあった覚えがろくにないのはどうしてだ?」
 Nはにっこり笑った。トウヤは溜息をつく。食事の準備はとうに為されて、あとは座って食べるだけだ。
 備え付けのテーブルセットに腰を下ろすと、ジャローダが甘えるように膝に頭を乗せてきた。それを見て、Nが苦笑する。
「お許しはまだもらえないみたいだ」
「…何の?」
「彼のパートナーをもらう、さ」
 ジャローダの尻尾が不機嫌そうに、ぱしん、と床を叩いた。その背中を撫でて宥めながら、トウヤは言った。
「心配するな、ぼくはあいつにもらわれてやる気には当分なれないだろうから」
「それが六年間、きみから逃げ回ったつけ?」
 その言葉に、トウヤはにっこり微笑んだ。
「いいや? そんな訳ないだろ、最後にはお前はぼくに会いに来てくれたんだし」
「へえ、じゃあどうして」
 Nの瞳が面白そうに輝いた。トウヤは相変わらず、貼り付けた笑顔で教えてやった。
「苦労するのが目に見えてるからだ、ばか」
 育て屋だけでも大変なのに、これ以上背負えるか、と悪態をつけば、Nはからからと笑った。七年前では想像もできない、明るい笑顔で。
「だからボクが手伝うって言っているのに」
 それが彼の、言い分、だった。トウヤは、話にならない、と天を仰ぐ。
「余計なお世話だ。これがぼくの夢なんだから、ぼくの好きにさせてくれ」
 ジャローダの首筋をくすぐりながらそういえば、Nが急に押し黙った。不思議に思って視線をそちらにやると、テーブルの向こうの彼は凪いだ顔で、じっとトウヤとジャローダを見ていた。
「うん、わかっている」
「N?」
「本当はボクも、きみに会うつもりはなかったんだ」
 唐突な告白に、トウヤは眉を顰めた。テーブルの上の食事だけが冷えていく。
「だけどこの場所があまりにも暖かくて、聞こえてくるポケモンたちの声があんまりにも幸せそうだったから」
「…ああ」
 ここは喜ぶところなんだろうか、とトウヤは思った。
「きみの姿を見るだけでいいと思ってたんだ、本当は。…でも、うっかりきみに見つかってしまった」
 Nは複雑な表情をしていた。嬉しいようで、それでいて、後悔しているようでもあった。
「きみがボクを探さなくてもよくなった、ってことを、ボクは喜ぶべきだったんだが…もしかすると、あれが寂しいっていうのか。きみと、話がしたいと思った」
 トウヤは、戸惑いながら、先を促す。Nは言った。
「きみがボクの思ったとおりのトレーナーでいてくれてよかった。…あの日、会ったのがきみでよかった」
 なんだか別れの言葉みたいだな、とトウヤは思った。心がざわざわとして、知らず、ジャローダを撫でる手が止まる。
「夢を叶えたきみに会えてよかったって、思っているよ」
「…どこか、行くつもりなのか?」
 Nは黙ったまま、頷いた。トウヤは、そうか、と答える。Nの意志を変えさせるつもりも、今の自分を完全に捨てるつもりも、トウヤにはない。
 それではいけない、と、トウヤは思う。
「…ぼくはここにいるよ。ずっと」
「うん」
「待っててあげないこともないから、たまには、かえっておいで」
 その言葉は随分とするりと、トウヤの口に馴染んだ。言ったトウヤ自身が、驚くほどに。
 Nは、一瞬きょとりとして、それから、うん、と言った。
「トウヤ」
「何?」
「キスしたい」
「わかった」
 トウヤは、ごめんな、と断り、ジャローダの頭を膝から降ろした。ジャローダは、仕方ない、とばかりに赤い目を細め、そこから引いてくれる。
 椅子から立ち上がり、テーブルの横を回る。座っているNを見下ろして、トウヤは鼻で笑った。 
「間抜け面」
「…酷いな」
 Nは苦笑して椅子を引き、トウヤへと手を伸ばした。肩口から背中に回るそれに逆らわず、トウヤ自身も身をかがめ、Nの背中に手を添わせる。
 背もたれに挟まってしまいそうな手は、Nが背中を浮かすことで容易に背骨へと辿りついた。座ったままのNの膝に乗り上げるように腰掛けて、視線を合わせる。
 互いの表情が見えなくなるくらいまで近くに顔を寄せたところで、トウヤはNに囁いた。
「すき」
 そして唇を塞ぐ。答えは欲しくなかった。
 触れ合わせただけで、するりと顔を離したトウヤに、Nはずるい、と再び苦笑する。だけどその目は、例えようもなく甘い。
 あの無感情で無機質だった瞳に、これほどの感情が映る日が来るとは、と、トウヤは妙に感心してしまった。
「ずるい」
「うるさい」
「好きだよ、トウヤ」
 そうして今度は、Nがトウヤを黙らせる。今度もあっさりと唇は離れ、そしてトウヤは、僅かに赤い顔をしかめた。
「本当に、心の底から、思うんだけど」
「うん?」
「Nはつくづく、ぼくを駄目にする」
 彼の視線は、Nを通り過ぎ、その後ろ、壁掛けの時計に移っている。長針の示す位置は、開店時間を十分ほど過ぎていた。
 Nはちょっとぽかんとして、それから嬉しそうに笑った。
「もっと駄目になってくれたら、きみを浚っていけるのに」
 そんなことする気もないくせに、Nはそう言った。トウヤは軽くその頭をはたいて、緩い拘束を解く。
 今日はまだ、タマゴの見回りもしていないし、果樹園に水もやっていない。
「ご飯食べたら流しに置いといてくれ。ぼくが後でまとめて片付けとくから」
 そう言い置いて、店の表に回る。玄関にかけたプレートの表示をOPENにする。今日も天気が良さそうだ。
 うっかりヒマナッツが降ってこなきゃいいけど、と、いつぞやのことを思い出して、彼はくすりと笑った。
 呼び出しのベルの位置は結局直していない。配線の関係もあるし、さてどうしたものかな、と首をひねったところで、店の奥から、ひょっこりNが顔を出す。
「なに?」
 尋ねると、彼は、満足げに、頬を緩めた。
「トウヤがいるな、と思って」
「…ふうん」
 とりあえず、彼がここにいる間は、果樹園の水撒きを手伝わせてやろうと思った。

 数日後、訪ねてきた幼馴染が、不満そうなジャローダに見守られながら、庭でチュリネの群れと遊んでいるNを見て驚き、のほほんと店番をしていたトウヤに食って掛かったりしたのだが、それはまた別の話である。